最近読んだ2冊の本。生み出された時代背景や書かれている内容は違うのだけど、不思議なつながりを感じた。
『漫画 君たちはどう生きるか』と『不安な個人、立ちすくむ国家』
まずは、2冊について簡単に紹介すると…
原作 吉野源三郎、漫画 羽賀翔一
『漫画 君たちはどう生きるか』
吉野源三郎さんが1937年に発表した「君たちはどう生きるか」*1。
長く読み継がれてきたこの小説を漫画化しようという企画は、マガジンハウス 鉄尾周一さんが仕掛けたもの。この企画について、鉄尾さんが講談社の原田隆さんに相談したところ、羽賀翔一さんへ託すことになったのだとか。
原田さんは即答で僕の名前を出してくれて、「『ケシゴムライフ』を書いた羽賀くんという漫画家がいる。彼の絵と『君たちはどう生きるか』の世界観は合うんじゃないか」って言ってくれたとか。
そこからすべてが始まりました。
8月に発刊された漫画版は、初めて触れた若者から 過去に小説を読んだ世代まで巻き込み、雑誌やテレビでも大いに話題となった。つい先日、発行部数が100万部を超え、いまも増刷が続いている。
経産省若手プロジェクト 著
『不安な個人、立ちすくむ国家』
経済産業省の次官・若手プロジェクトのメンバー(20代・30代の有志30名)が、2017年5月に発表したレポートがある。この報告書は、現役官僚からの問題提起、ということでネット上で大いに話題になった。
11月に発行された本書は、その報告書の全65ページについて、発表後に届いた意見と合わせて解説されたものである。なお、後半には、報告内容を題材とした3人の識者(養老孟司さん、冨山和彦さん、東浩紀さん)との対談、および、レポート作成に携わった経産省官僚のうち6人のコラムも収録されている。
共通する3つのポイント
同時期に2冊を読んで感じたのは、以下の3点での共通性だ。
強烈なる危機感
『君たちはどう生きるか』が出版された1937年は、第二次世界大戦の直前。1931年の満州事変以降、日本の軍部がアジアに進攻を開始していた頃だ。
言論や出版に自由がきかなくなってきたこの時代に、「日本少国民文庫」全16巻のうち 倫理を扱う1巻として世に出たのが本書である。*3
「日本少国民文庫」を編纂した山本有三氏について、吉野氏が述懐している。
先生の考えでは、今日の少年少女こそ次の時代を背負うべき大切な人たちである。この人々にこそ、まだ希望はある。だから、この人々には、偏狭な国粋主義や反動的な思想を越えた、自由で豊かな文化のあることを、なんとかしてつたえておかなければならないし、人類の進歩についての信念をいまのうちに養っておかねばならない、というのでした。
作品そのものにこそ書かれていないが、こんな危機感を背景として生まれた小説なのである。
一方、書籍『不安な個人、立ちすくむ国家』(以下、経産若手本)では、冒頭でこんな問題意識が提示されている。
レポートの最後には、「この数年が勝負」「2度目の見逃し三振はもう許されない」というフレーズもあり、相当の決意をもって世に出されたことが分かる。
両作品ともに、「今、なんとかしなければ!」という著者らの危機感がヒシヒシと伝わってくる。
世の中に伝える工夫
『君たちはどう生きるか』について、小説と漫画版を両方読むと気づくのだが、ストーリー展開や人物設定はかなり変更されている。
- いきなり登場するクライマックスエピソード
- 「コペル君」というあだ名が知られるきっかけ
- おじさんノートが渡されたいきさつ
- コペル君や水谷くんの家庭環境(女中さんやお屋敷は描かれず)
- おじさんの職業(大学を出たばかりの法学士→編集者・作家!?) etc.
吉野さんが訴えたかったメッセージの核を大切にしつつも、現代の読者に伝わるストーリーへと変換されていることに驚いた。「漫画化」ではなく「再創作」といっていいだろう。この工夫こそが、企画から出版までに2年かかった要因だろうし、また大ヒットの理由なのだとも感じる。
一方の経産若手本では、「はじめに」で出版の意図が述べられている。
レポートは現在までに150万以上のダウンロードがありましたが、ネットになじみの少ないシニア世代を含め、より幅広い方々に届けたい、という思いで、今回の出版プロジェクトに取り組むことにしました。
単にレポートを書籍化するにとどめるのではなく、その後の反響もおりまぜて分かりやすく解説されている。また、レポート内容をもとにした対談でも、別の角度からの指摘や情報提供によって、読者である我々に新たな考える材料が提示される。個人的には、以下のキーワードが気になった。
- 養老さん:都会と田舎。ノイズと共同体の関係。何のために生きているかを自ら問い続ける。
- 冨山さん:年功制の呪縛を解く。優秀な経営者は希少資源。他人の人生を背負うから教養が必要。現実を直視する。
- 東さん:最小福祉国家。日本は伝統的に観光先進国。非対称で変化を前提とした「家族」関係。自動翻訳による人文知の発信。
- プロジェクトメンバーコラム:執筆陣の人柄。レポートの温度感のアップ
12月末には、たたみかけるように「マンガで読む」バージョンも出版!
さらに広い層へなんとしても届けたい!という強い熱意を感じる。
わき上がる未来への意識
両書ともに、危機感だけでなく、未来への願いが込められていることも特徴だ。
『漫画 君たちはどう生きるか』は、冒頭のエピソードの中で おじさんからコペル君への手紙が描かれている。
これは、読者の僕らに対するメッセージでもあるだろう。
きっと君は、自分を取り戻せる。
あらたな一歩を踏み出すことができる。
経産若手本では、「3.我々はどうすれば良いか」に書かれた提言(の素)が印象的だった。個人的には、特に以下の2箇所が気になっている。
1つは、「高齢者を何人で支えるか」から「子どもを何人で支えられるか」へのパラダイム・シフト。
もう一つは、「多様で複線的な社会参画を」というメッセージである。
具体策というよりは、解決の方向性への仮説なのだが、どちらも頷ける内容だ。特に前者(=子どもを何人で支えられるか)は、受ける印象が180度変わってしまうほど衝撃的だった。
まとめ
経産若手本の「おわりに」には、こんな言葉でしめくくられている。
今回のレポート、そして本書が、皆さまにとって、ご自分やご家族の人生をより豊かにするための学び方、働き方、老後の過ごし方について、さらには社会をよりよくするための方法について、考え、行動するためのきっかけになったとしたら、これ以上に光栄なことはありません
「不安な個人、立ちすくむ国家」という報告書タイトルはややネガティブにも感じるが、副題の「〜モデル無き時代をどう前向きに進むか〜」には希望を感じる。
『君たちは〜』の最後は、小説と同じく 吉野源三郎さんの問いかけで締めくくられる。
コペル君は、こういう考えで生きてゆくようになりました。
そして長い長いお話も、ひとまずこれで終わりです。
そこで、最後に、みなさんにおたずねしたいと思います──。
君たちは、どう生きるか。
2冊をほぼ同時に読んで感じたこと。
それは、僕たちに「どう生きるか」を強く問いかけてはいるものの、嫌な気がしないということだ。むしろ、
「さぁ、踏み出そう。その一歩が道をつくる。」
そんな風に背中を押されている気さえする。
僕はまず、自分の関わるコミュニティで、この2冊を題材とした意見交換をしてみたい。
仕事上でもビジョンや計画づくりの時期なので、アウトプットへも何らか取りこめそうだ。
あなたなら、どんな一歩を踏み出しますか。
関連情報
不安な個人、立ちすくむ国家
興味をもった方でまだ未読であれば、ぜひレポート原文をどうぞ。
→【PDF】不安な個人、立ちすくむ国家 〜モデル無き時代をどう前向きに進むか〜
プロジェクトから5人が登場して語り合った文春オンラインでの記事。2部構成で読み応えあり。
bunshun.jp
具体策だけではなく、今回みたいにわかりやすい言葉で全体の構図を描いて提示することも、この場所にいる人間の責務なのかなと思っています。インナーですべて決めるのではなく、丁寧に発信して議論を広げていく。
今回のような発信はとても素晴らしいし、他の省庁や組織からもどんどん出てきてもらいたい。
こちらはNewsPicks有料会員記事。プロジェクトメンバー 須賀千鶴さんと小泉進次郎さんとの対談はとても刺激的!
newspicks.com
漫画 君たちはどう生きるか
ついに発行部数が100万部を超えた漫画版。作者 羽賀翔一さんへのインタビュー記事。
business.nikkeibp.co.jp
1月9日(火)には、NHK クローズアップ現代+で特集される、とのこと。羽賀翔一さんも出演!
www.nhk.or.jp
なお、2年前に本ブログに書いた、吉野源三郎さん小説(岩波文庫版)の感想記事も再びよく読まれています。よかったら、こちらもどうぞ。
*2:タイトルは「『漫画 君たちはどう生きるか』誕生を支えた、もう一人の男」。ぜひ読んでいただきたい記事です
*3:岩波文庫版の巻末「作品について」での吉野源三郎さん解説文にはこうある。「相談は、前後、五、六十回も重ねられ、その結果十六巻の『日本少国民文庫』ができましたが、『君たちはどう生きるか』は、その中で倫理を扱うことになっていました」