職場仲間とのボウリング
先日、久しぶりにボウリング場に行った。
貸靴を借り、重さを確かめつつボールを選び、2チームに分かれてゲーム開始!
みな、「何年ぶりだろう?」とか言いながら投球し、「うわ、曲がった」「惜しい…」「投げ方がカッコイイ」「お、これはイケたか!?」「すごいやん!」などと、ゲームに興じた。
つっこみあり、笑顔あり、ハイタッチありで、和気あいあいと盛り上がり、2ゲームのチーム戦の時間を楽しむことができた。(僅差だったものの優勝したので、個人的にも満足 笑)
「人を知る、職場を知る、業務を知る」
今回いっしょにボウリングに行ったのは、同じ職場の20代〜50代の9人。
「同じ職場」とはいうものの、正確に言うと、250人の部署のなかの別々のチームなので、普段の仕事はけっこう異なり、接点はそう多くない。
そんなメンバでボウリングをすることになったのは、社内SNSでのある一言がきっかけだった。
去年の夏、社内SNS上に立ち上げた我が部署のコミュニティ。「人を知る、職場を知る、業務を知る」をスローガンに掲げ、仕事以外の話もやりとりOKな場として運営している。
そのなかの「自己紹介リレー」という企画が、今回の発端だ*1。
「こう見えて、僕…」という自己開示
自己紹介リレーとは、読んで字のごとく、自らの紹介をしたあと、次の人にバトンを回していくという企画だ。
長さも内容も自由なのだが、「こう見えて、私は(僕は)○○なんです」というお題(テンプレート?)を設定している。この結果、意外な趣味がかいまみえたり、知らなかった共通点があぶりだされて、なかなか面白い。
そんななか、4月に入社した1年目社員のHくんが、こんな紹介をしてくれた。
こう見えて、僕 ちょっとだけボウリングが得意なんです
文中には出身地の紹介もあり、SNS上のコメント欄で「地域対抗ボウリング大会をやったらおもしろいね」という意見がとびだした。
これが、今回のボウリング大会&懇親会の開催につながったというわけだ。
オンラインの「きっかけ」を広げていく
…とはいえ、SNS上だけですんなり企画が決まったわけでもない。
オンラインでの意見交換を下敷きにしながら、オフライン(リアル)な職場での会話を重ね、別の場でも相談しながら少しずつ企画があたたまってきた。
社内コミュニティという施策については、「あればいいのは分かるが、そんなに力をいれることか?」だったり、「そんなことしてる暇があったら、こっちを手伝え」のような反応が起きることが往々にしてある。口にしないまでも、そう思っている人が一定数いるのは事実だ。
しかし、その声には与しないでいたい。
職場というオフライン(リアル)で狭く深い関係性がある場所に、横串となる小さな「きっかけ」を与えることで、何かが動き出すことはあるのだ。
さらに、場所と時間を超えられるのが、オンラインコミュニケーションの醍醐味だ。
なにも、すべてをオンラインで完結する必要はない。対面や電話などの他コミュニケーションメディアも活用しながら、オンラインの「きっかけ」を、波紋のように少しずつ広げていけばいいだけだ。
ボウリングは「孤独」のバロメーター?
書きながら思い出したのが、ロバート・D・パットナム氏の著書『孤独なボウリング』。
「社会関係資本(Social Capital)」の視点で、アメリカ社会のコミュニティ崩壊を指摘した骨太の一冊だ*2。

- 作者: ロバート・D.パットナム,Robert D. Putnam,柴内康文
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アメリカでも一時期ボウリングが盛んになり、1990年代半ばのボウリング人口は80年代初めに比べて約10%も増えたらしい。にもかかわらず、クラブに所属してボウリングをする人は約40%減少し、一人でボウリングをする人が増えたのだとか。
この「孤独なボウリング」は、ビールやピザの売上減少につながっており、さらには仲間同士の会話や交流経験を失わせることにも繋がっていく。
これはボウリングだけで起きている現象ではなく、選挙の投票率、NPOやボランティアへの参加率、各種協会への出席率、労働組合の組織率、家族での夕食頻度などなど、社会のいたるところに深刻な影響をもたらしている、というのがパットナム氏の指摘だ。
日本でも、この20年ほどで同じような現象が起きてきたように感じる。
おわりに:身近な社会関係資本を見直す
今回、若いチカラのおかげで「孤独じゃないボウリング」を楽しむことができた。
やってみて感じたのは、つながりの場をもつことは単純に楽しい、ということ。そして、(それが主目的ではないにせよ)結果的に、職場の仲間たちと多くの情報や感情の交換ができた、といえる。
日本では、バブル期以降、古き良き時代の「職縁」がうとましがられ、「個人」の希望や自由が重視される方向に社会がどんどんシフトしていった。しかし、東日本大震災以降は、逆に「コミュニティ」や「つながり」という概念が見直されつつあるように感じる。
スマホやインターネットの発達の結果、距離にかかわらず交流ができるようになった現代では、完全に「職場中心の世界」へ戻ることはないだろう。
けれども、身近な社会関係資本を見直す段階に来ていることは、肌感覚でヒシヒシと感じる。
そんなわけで、職場のつながりについては今後も継続して仕掛けていきたい。
「9/250」は決して大きな数字ではないが、あとで振り返ったとき、今回のイベントが胎動の「きっかけ」になる予感がしているので。
参考情報
『孤独なボウリング』はまだ読了していないため、以下の記事を参考にさせてもらいました。ありがとうございます!